
首都グアテマラシティから車で1時間。石畳のコロニアル建築で整えられた美しい高原の町で、近くにはアグア山をはじめ3つの火山がある。かつては6万人の人口を抱える首都であったが、度重なる地震で町は崩壊し、今では風光明媚な静かな古都である。現在も修復中の教会があちらこちらに見られ、時代に取り残されたような独特な雰囲気を残している。1979年にはアンティグア歴史地区はユネスコの世界遺産として登録された。またアンティグアのもうひとつの顔はスペイン語学校の町として知られていることである。個人レッスンが基本の学校がおよそ40校ほどあり、中南米旅行へ旅立つ旅行者に人気である。主な見どころとしては、巨大な噴水と廃墟化した教会跡があるメルセー教会をはじめ、遺跡保存の重要な施設となっている廃墟化した教会施設(カプチナス修道院、レコレクシオン修道院、サンフランシスコ教会など)や十字架の丘(Cerro de la Cruz)などがある。毎年3月から4月ころに行なわれる〈サマナサンタ〉という祭りは、アンティグア1大きいもので町が最も活気にあふれるときである。御輿を担いだりこの祭りを見に時期になるとホテルが満室になったりする。
・カテドラル…町の象徴である教会。1543年〜1680年に建設されたが、度重なる地震により崩壊、修復が繰り返されている。
・十字架の丘…町の北側にある小高い丘に大きな十字架が見下ろすように建っている。この丘からは、アンティグアの町が一望することができ天気のいい日には背後にアグア火山、右にフエゴ火山やアカテナンゴ火山などの山々が望めることがある。
・メルセー教会…黄色と白の外観で繊細な漆喰装飾が彫られている。内部は地震で廃墟化していますが、広い中庭には南米で最大規模と言われた噴水が残っています。

グアテマラシティから車で3時間(約150km)。トリマン、サンペドロ、アティトラン火山に囲まれた世界で1番美しい湖、アティトラン湖(カルデラ湖)沿いに点在する村への中継地点として知られる村。アティトラン湖は、きのこの形をした湖で標高は1560mに位置し、湖の表面積は125ku、水深は最も深いところで320mにもなります。周辺には先住民の村があり各村々は、伝統的な民族衣装に身をまといそれぞれの文化を守り生活しています。この周辺では、他の地方では少ない男性の民族衣装も見ることができます。男性の民族衣装はズボンの裾に刺繍が施されていることが多く女性の民族衣装同様綺麗に刺繍されています。代表的な町・村として、サンアントニオ・パロポ、サンタカタリーナ・パロポ、ソロラ、サンティアゴ・アティトラン(湖畔で最大の村)、サンルーカス・トリマンなどがあります。村に寄って民族衣装の柄や刺繍が異なり見ごたえがあります。パナハッチェルから周辺の村をつなぐ道路はあるのですが、未舗装部分が多く時間もかかるのでボートが便利です。周辺の村を回るフェリーも運航されています。
グアテマラシティから車で3時間(約150km)。古代マヤのキチェ族の町で、18世紀初頭にマヤの聖典「ポポル・ブフ」の原典が発見された場所としても有名。最大の見どころは、木曜と日曜に露店市が開かれることだ。市の日には周辺の村から数万人もの先住民が集まり、日用品から民芸品まで売り買いされる(木彫りの仮面、ウイプル、素焼きの壷など)。町の中心はサント・トマス教会(1540年に建立されたカトリック教会)で、道に迷ったらここに戻るといい。
マヤ文明最大にして最古の都市遺跡。1696年スペインの宣教師が密林に迷いこんだ時に偶然見つけました。1956年から発掘が始まり、1971年にユネスコの文化遺産、自然遺産の複合遺産として登録されました。
ティカルには紀元前から人が住んでいたといわれています。3世紀過ぎからは、人口が少ないときでも1万人を超える大都市でした。4世紀ごろメキシコのテオティワカンの影響を一時強く受けますが、テオティワカンが衰退した8世紀ごろには最盛期を向かえ人口が数万人にも達したと言われています。今残っている大神殿もすべてこの時期に造られました。現在わかっているだけでも中心部は16kuありその中に大小3000を越す建造遺跡があります。しかし、栄華を誇るも10世紀には衰退し住民がどことなく去り遺跡は接待のジャングルの中に埋没していきました。なぜティカルが衰退したのか、人々が去ったのかは様々な説があるも確かな説はひとつもなくいまだ謎に包まれたままである。
※ティカル遺跡はジャングルの中にあるため蚊やヤブに注意が必要です。
@T号神殿(ジャガー神殿)−Templo 1−
ティカルを代表する神殿。空を晴れさせるカーウィル1世の墳墓であると言われている。の高さは51mで神殿内では4番目の高さを誇ります。上部の神殿部入り口に巨大なジャガーの彫刻が見つかったので大ジャガー神殿とも呼ばれています。建造は700年前後で、マヤ式の垂直的なつくりをふんだんに取り入れて造られています。基壇は9層からなり上部まで縦に険しい階段が貫いています。本来、神殿は赤を基調に緑や黄、青色で塗られていました。
AU号神殿(仮面の神殿)−Templo U−
T号神殿の向かい(西)にある神殿。高さ38mで3層からなっています。神殿上部の飾り屋根にある顔の彫刻から仮面神殿とも呼ばれています。
Bノース・アクロポリス −Acropolis del Norte−
グラン・プラサの北側、階段を上がったところにあり、紀元前2世紀から900年の1000年の間に何層も増改築された100を超える建築物が折り重なるようにたっていました。現在は600年〜900年に建てられた建物は取り壊されてしまったので300年〜600年のものをみることができます。
Cグラン・プラサ −Gran Plaza−
遺跡の中心であり、ここを基点に各所に行くことになる。この広場の東西にT号、U号神殿があり北にノース・アクロポリスが、南にセントラル・アクロポリスがある。石碑も多くゆっくり時間を過ごせる場所である。
Fセントラル・アクロポリス −Acropolis del Central−
グラン・プラサの南に位置。大小6つの中庭を有し2〜3階建ての約210mにも渡って広がる巨大住居跡。ここの建造物は他の建築様式と異なるため宮殿と呼ばれている。椅子やベッドらしき設備が確認できることもあり、王族や支配者層が住んでいた住居エリアだと言われている。
GV号神殿−Templo 3−
U号神殿の西にある高さ55mの神殿。この神殿は24ステラの碑文によると建造は810年ごろ。真西を向いた神殿上部の飾り屋根には見事な彫刻が施されており別名〈ジャガー神官の神殿〉とよばれている。
Hこうもりの宮殿−Palacio de Murcielago−
V号神殿のすぐ側にある左右対称をなした2階建ての建物。聖職者の住居との説があるが詳細はわかっていません。600〜800年に造られたと考えられている。
I失われた世界−Mundo Perdido−
ティカルで最も古い地区で中央にはほぼ完全に修復された高さ30mの正四角錐のピラミッドがある。49号建造物の基壇にはテオティワカン様式であるタルー・タブレロ様式が使われているため何らかのつながりがあったことを証明している。
J7つの神殿広場−Plaza de Siete Templos−
広場の東側に建っている7つの神殿が名前の由来。広場自体は紀元前数世紀にさかのぼると言われ堆積した土砂や木々で原型を留めていないものもあったが、現在修復が進められている。
LX号神殿−Templo 5−
高さが57mあるティカルで2番目に高い神殿。建造は、700年ごろでT号、U号神殿と同時期と言われています。上部の神殿部分は飾り屋根を支えるため75cm幅の部屋がひとつあるのみで、神殿の後ろの飾り屋根は厚み5mもある。階段が付いており上ることができそこからの眺めはすばらしい。
NY号神殿−Templo 6−
1951年に発見された神殿で、修復度合いはまだ低い。神殿上部の飾り屋根に多くの神聖文字が刻まれていることから〈碑文の神殿〉とも呼ばれている。碑文によれば766年に造られた神殿ということがわかる。
PW号神殿
建造741年、高さ70mある神殿。コロンブス到着以前アメリカ大陸で最も高い建物でした。巨大な飾り屋根を支える神殿の壁の厚さは12mもあるといわれています。基壇部分は土砂や木々に覆われているがピラミッド北側にある階段で上ることができる。

グアテマラシティより約200kmでホンジュラスのコパン遺跡を一緒に回ることが多い遺跡。(コパンまで50kmの距離)コパン王朝の衛星都市として3世紀初頭から人が住み始め、長年支配下にありましたが738年に空・雷の神王がコパン18ウサギ王を捕らえて斬首にし、独立王朝になりました。しかし、キリグア王朝は100年弱で衰退しました。現像するアクロポリスや球戯場と呼ばれている場所はこの間に建造されました。
1981年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。
・石碑・・・空・雷の神王は746年から5年毎に石碑を建造しました。その中でも石碑Eは地上に露出している部分だけでも8mあり、地中に埋まっている部分を合わせると11.7mもの長さを誇るマヤ最大の遺跡です。最後の石碑は805年に造られました。
・獣形祭壇・・・巨石に神聖文字や動物などが彫られた獣形祭壇はもともとはコパンで作られ始めたものを空・雷の神王が独自発展させたもの。
・建造物1B-1・・・最後の王、ヒスイ王が建造させたもので、キリグア最後の年になる810年の年号が刻まれている。その後キリグアは放棄されマヤの歴史から姿をけしました。
中米ホンジュラスの西、グアテマラとの国境そばにあります。マヤ遺跡の中でも最も美しい遺跡だと言われています。1980年には世界文化遺産に登録されました。規模はチェチェンイツァー、ティカルなどには及ばないが、他のマヤ遺跡が浅い浮き彫りに対しコパンの遺跡は深く(高浮き彫り)彫られ見ごたえのある遺跡です。コパン周辺は肥沃な土地ということもあり6000年前から人が住み始め、紀元前500年前から壮大な神殿の建設が始まりました。石の彫刻が多く、多くの神聖文字を残している遺跡です。年代ごとに出来栄えは違いますが、18ウサギ王の時代は芸術の最盛期であったと言われています。7世紀には1年を365.2420日とする算出方法を導入しほかのマヤ都市に広めました。英知を誇ったコパンも衛星都市であるキリグアの反乱や増えすぎた人口により徐々に衰退し9世紀他の遺跡と同様な末路を辿りました。
・祭壇Q・・・西広場にある祭壇Qは16代目の王が造った1面に4人ずつ4面で16人の歴代の王が刻まれた祭壇。コパン最後の王16〈日の出王〉は、1代目の王と向き合った形で彫られている。
・神聖文字の階段 ・・・階段前面に約2200以上の文字が刻まれた最長のマヤ文章で、エスメラルダ(神殿26)の増改築時に設置されその後、2倍の長さまで拡張され現在の文字数になりました。この文章は非常に重要なもので階段には屋根がつけられています。発見された当初から中央部分が崩れていたので残念ながら完全な文章ではなくなってしまっています。
太平洋とカリブ海に面するレインボーカラーの国。日本との時差は15時間あり、豊かな降雨量と土壌に恵まれて育ったグアテマラコーヒーなどが有名です。グアテマラという国名「木の多いところ」や「樹林の地」を意味しています。古代マヤ文明が栄えた国で、高原地帯には、現在も伝統衣装を身につけた先住民の人たちが独自の生活をしています。国土の6割が山地で首都グアテマラシティーは標高1500Mに位置し常春と言われています。日本からは直行便は就航していませんので、アメリカで乗り継ぎしグアテマラに行くのが一般的です。観光業や、農業が盛んで日本はコーヒーの輸入量第2位です。ほかにデルモンテ(バナナ)の大農場があります。
5月〜10月が雨季、11月〜4月が乾季。雨季は午後、スコールのようにまとまった雨が降る。ベストシーズンは12月〜4月。内陸の高原地帯は、年間を通じて温暖な気候でしのぎやすい。ティカル遺跡のあるペテン県、カリブ沿岸のイサバル県やホンジュラス、エルサルバドル国境沿いのチキムラ県、そして太平洋沿岸の地方など熱帯低地地域は年間を通じてかなり暑い。
水道水は飲まず市販のミネラルウォーターを飲んで下さい。教会に入る場合は、タンクトップなどの露出が多い服装は厳禁です。また、帽子、サングラスもはずして下さい。熱帯地方を旅行する場合防虫スプレーや蚊取り線香があると便利です。




