
首都テヘランから飛行機で南に約1時間にあるイラン第3の都市。サファヴィ−朝の首都として発展し当時の繁栄ぶりから「イスファハンは世界の半分」といわれました。イマ−ム広場は当時の繁栄の名残があり今でも見るものを圧倒します。歴史は古く、7世紀はアラブ人侵入の際には、軍隊の地を意味するセパハーンなどとよばれました。現在のエマーム広場には、噴水のある池や芝生の公園のようになっていますがそれはイラン革命後に作られたものでそれ以前まではポロの競技場や儀式の場、公開処刑の場として使われていたと言われています。今ある町の名前はこの時のものが由来されています。その後も、シルクロードの要衝として重要な位置にありました。このイマ−ム広場の中や市内を流れる川沿いに雰囲気のいいチャイハネ(喫茶店)があります。角砂糖を溶かしながら飲むイラン式のチャイの飲み方をマスタ−するのも良いでしょう。
テヘランから飛行機で南に約1時間、古都シラ−ズから車で約1時間かからないところにあるイランの見どころのひとつペルセポリス。イラン内では『タフテ・ジャムシード』と呼ばれています。アケメネス朝ペルシャ帝国の都でダレイオス1世が建設した宮殿群でした。ペトラ遺跡(ヨルダン)、パルミラ遺跡(シリア)と共に「中東の3P遺跡」として有名で多くの観光客をひきつけています。紀元前512年ごろに着手し、完成された遺跡の総面積は約12万5000uもあり勢力の強さを表しています。しかし、紀元前330年ごろにアレクサンダー大王により陥落してしまいました。現在は、かつて百本あったうちの幾つかの柱と綺麗なレリ−フが残っているのみです。しかし、この遺跡は長い間砂の中に埋もれていた為いい保存状態で残っています。
イランのほぼ中央に位置する典型的砂漠都市ヤズド。この町をはじめて訪問した西洋人はマルコ・ポーロであると言われています。首都テヘランからは飛行機、電車、バスが出ており、飛行機を使えば約1時間10分ほどで行けます。
ヤズドと切り離せない関係にある、ゾロアスター。ゾロアスターはアラブ人による征服以前に国教として定められていました。アラブ人による征服により多くのペルシア人はイスラム教に改宗させられました。教義は「この世は、善霊と悪霊の闘争の場である。人間は自由意志でどちらにも参加できる。でも最終決戦では善霊が勝つであろう。終末期に救世主ゾロアスターが現れる。だが悪霊に荷担したものは、最後の審判で罰を受けるであろう」というもの。ヤズドにはゾロアスター教徒が多く住んでいます。町の中に神殿があり、ゾロアスター教寺院(アーテシュキャデ)は、いくつもある寺院のなかで最も重要とされ異教徒でも見学ができる。ここでのメインは1500年以上前から絶やされたことがない聖火。この聖火は、ガラスごしに見学できます。
1935年、偶然発見されたアフヴァースの近郊にあるチョガザンビル。ピラミッドは三段目まではっきりと残り現存するエラム期の遺跡としては、最も保存状態が良い。当時は高さ50Mほどあったとされているが、紀元前640年ごろシューシュがアッシュリにより陥落するのと同時にジグラット(ピラミッド)も破壊されてしまい現在残存する3段になってしまったとされている。山に神が宿ると考えていた人々は、平坦なこの土地にジグラット(ピラミッド)を造り山とした。この建物の頂上部分にはエラム人の最高神を祀る寺院があったようだ。また、階段の側面には王の名を刻んだ楔形文字がはっきりと残っている。ユネスコの世界遺産にも登録されている。
テヘランから南東に約1200kmの位置にあり、伝説の古代都市といわれるアルゲ・バムが近郊にある。
アルゲ・バムは王の居城とその家臣たち、この地で生活する人たちの集落からなる城塞都市で、南北550m、東西150mあり、建物は全て日干し煉瓦でできている。
2003年の地震で崩壊してしまったが、復興作業が現在行われているので、現在のアルゲ・バムを見て、復興した後のアルゲ・バムの姿を楽しみにするのもいいだろう。
人口1100万人を越えるイランの首都で標高1200mの位置にある。
13世紀までは小さな村だったのが、1796年にガ−ジャ−ル朝の首都になり、20世紀に入ってからパフラヴィ−朝のもとオイルマネ−もあり近代化が推し進められていった。政治的、経済的だけではなく文化的にも中心の都市で、宝石博物館、ガラス博物館等、数多くの博物館、美術館がある。
シルクロードの町としてムトゥクヴァリ川沿いに栄えた、グルジアの首都。
その歴史から様々な民族が行きかってきたため、グルジア正教会、アルメニア正教会、シナゴーグ、モスク、カトリック教会が一つの街に混在し、世界でも稀な多文化都市となっている。コ−カサスで最も美しいといわれる街の1つトビリシでは他にはない雰囲気を楽しむことが出来る。グルジアはワイン発祥の地と言われており、街中にはワインを飲む人の像があるほどで、グルジアワインも楽しみの一つだ。街を一望するにはナリカラ要塞、ムタツミンダ山がおすすめ。
グルジアミリタリーハイウェイをトビリシから約30分北上したところにある、世界遺産の古都。
ムトゥクヴァリ川とアラグヴィ川が交差しており、ジャバリ修道院からその合流点を見下ろせる。この2つの川は色が違うのがおもしろい。ジャバリ修道院は十字架型(cross-type)の教会として初めて建築された教会。スベティツヴォリ聖堂では、イエス・キリストの着衣が教会の下に眠っていると信じられ、教会の前では「聖なる油」が販売されている。
グルジアミリタリーハイウェイをトビリシから約2時間北上した場所にあり、スキーリゾートしてヨーロッパの観光客で賑わっている。グルジアミリタリーハイウェイとは軍用道路のことで、トビリシからロシア連邦の北オセチア共和国の首都ウラジカフカスまで続く南北全長約210kmの道。かつてのイスラム教国、オセチアとの境界を示すために木の十字架を立てたのが始まりと言われている十字架峠には、現在は石の十字架が建てられている。ロシアとの国境まで北上すると、コーカサス山脈の有名な山の1つ、カズベク山(グルジア最高峰、標高5,047m)がそびえる。カズベク山を臨む丘の上にはツミンダ・サメバ教会が建っており、雄大な景色が楽しめる。
グルジア北西部スヴァネティ地方にはにはたくさんの小さな村があるが、どの村にも9世紀から12世紀に作られた石の塔があり、まるで絵本から飛び出したような、その景色が美しい。住民の多くは少数民族のスヴァン民族で、塔はスヴァン文化の象徴である。かつては監視塔と要塞の役割があった。世界遺産に登録されているウシュグリ村へは、メスティアを起点として車で約2時間。一年の半分は雪が降っているため、メスティア間の道路が閉鎖されていることが多い。村には美しいフレスコ画で知られるラマリア教会があり、スヴァン人はグルジア王国の最盛期を作り上げたタマル女王が埋葬されていると信じている。
人口100万人を越えるアルメニアの首都。
アルメニア正教の総本山であるエチミアジン大聖堂、ゲハルド修道院等多くの教会や博物館等があり、有名なアルメニアコニャックの工場もある。天気が良ければノアの箱舟が行き着いたといわれるアララト山を街中から目にすることができる。荒々しい岩壁に囲まれた標高1750mのアザート渓谷にある岩窟のゲハルド修道院は、世界遺産に登録されている。断崖にそって洞窟のような内部に入ると、岩をくりぬいて造られた聖堂などがあり、今も訪れる人々のろうそくが絶えない。
海抜1900mに位置し「コーカサスの真珠」と呼ばれるコーカサス最大の湖、セヴァン湖は、南米ペルーのチチカカ湖に次ぐ高さ。湖畔にはコーカサスの山並みが連なり、数多くの教会が点在する。
イランは、アケメネス朝の壮麗なペルセポリス遺跡、沙漠に忽然と現れるバムの廃墟。はるかなるペルシアは、ロマンあふれる歴史の旅。敬虔なイスラムのあたたかいもてなしに、チャドルの奥の美しい瞳に、懐かしさを感じるのはなぜだろうか。
ロシアのヨーロッパ部分の最南端、黒海とカスピ海に挟まれた地域をコーカサスと呼び、その南西はトルコ、南はイランです。コーカサはロシア語でカフカス、言語・文化・宗教が複雑に入り組んでいるため、地球上で最も民族多様の地域と言われている。
起伏に富み国土も広いイラン、コーカサス地方の気候は、場所により大きく異なるがはっきりとした四季がある。カスピ海沿岸の北部は、冬季は0度まで下がることもあるが、年間を通じて湿潤は気候で日本より湿気が多い。テヘランなど内陸地は冬季は降雪もあり、夏季は乾燥していて暑い。南部のペルシア湾、オマーン湾沿岸のでは、冬は穏やかで、夏には温度・湿度ともに非常に高くなる。
グルジアなどの山岳地帯は多雨地帯で、冬場の積雪は2mに達します。
イスラム共和国であるイランでは、酒類の販売や飲酒は固く禁じられており、国内でアルコール類を購入することはできない。女性は体の線を隠す服装が義務づけられており、男性も短パンなど肌を過度に露出する服装は禁止。イランでは、外国人にも服装の規定がある。ポルノ類の持ち込みは禁止されている。女性の肌が露出している写真や髪を覆っていない写真でもポルノと見なされかねない。また、CD、ビデオテープなどを持ち込むことも控えること。また、軍関係の施設や国境はもちろん、空港や駅、国境やビザオフィスをはじめとする警察関連の施設の写真の撮影はできない。カメラをまわしていると非常に深刻な事態となりかねないので、必ず頭に入れておくようにしよう。

政体:共和制
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