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リビア

■リビアの見どころ

トリポリ(Tripoli)

カテドラル(リマ)首都トリポリは美しい緑の樹木とオアシスに恵まれた「地中海の宝石」。
紀元前7世紀にフェニキア人がこの地方を植民地化し、オエア、サブラタ、レプティス・マグナの3つの都市を建設し、その総称として「トリポリス(3つの都市)」と名づけられた。11世紀のアラブ人支配の時代に、サブラタとレプティス・マグナの2つの都市が破壊されると住民たちは残されたオエアの町に移り住み、この町がトリポリスの名を受け継ぎ今に至っている。見どころのひとつとして、「ジャマヒリヤ博物館」がある(遺跡から発掘されたモザイクや彫刻が展示されている)。


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レプティス・マグナ(Leptis Magna)

レプティス・マグナレプティス・マグナ現存するローマ帝国時代の遺跡では最大規模を誇る。紀元前1,000年頃、フェニキア人によって築かれた交易都市のひとつで、当時アフリカから金、銀、象牙、宝石、動物、奴隷など様々なものが運び込まれ、輸出港として栄えた。
紀元前146年ポエニ戦争に敗れたカルタゴはローマによって破壊され、レプティス・マグナはローマの属領となった。紀元2世紀末頃にこの地の出身のセプティミウス・セレウェス帝がはじめてのアフリカ出身のローマ皇帝に即位し、小ローマと言われるほどの大都市へと発展した。その後のゲルマン、アラブの侵略で街が破壊され、8世紀ごろには完全に砂に埋もれてしまった。1921年イタリア人の考古学者ロマネッリにより発見され、1923年からイタリアの手により発掘が始まった。1000年以上も砂に埋もれていたため保存状態がよく、発掘された部分はごく僅かで未だ70%以上の遺跡が砂の中に埋もれているという。 (1982年世界遺産に登録)

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サブラタ(Sabratha)

サブラタサブラタレプティス・マグナと並びトリポリスを形成していた地中海屈指の美しい都市遺跡サブラタ。起源や歴史はレプティス・マグナとほぼ同じ道をたどってきており7世紀のイスラム軍襲来以降は時代の波に消えてしまった。 1923年からイタリアによる発掘調査と修復作業が始まったが、いまだ3割ほどしか終わっていない。遺跡の中にはオリーブの圧搾所があり、オリーブや小麦、農作物を供給する<ローマの穀倉>と呼ばれてた。 1番油は調理用、2番油はマッサージ用、最後にとられた油はランプ用として使われていたそうだ。遺跡に入るとすぐ左側に教会のような博物館、ローマ博物館がある。さらにCARDO(カルド)という道を通るとゲート(ビザンティン・ウォール)がありその先で南のフォーラム神殿、アントニウス神殿やフラビウス・ティルスの神殿、リベル・パテル神殿、セラピス神殿など多くの遺跡を見ることができる。
また2世紀に完成したとされるローマ劇場では、舞台正面基部に掘られたレリーフが見逃せない。白や薄いピンクの大理石に哲学者やヘラクレスなどの彫像などが繊細な線で描かれている。地中海を一望できる場所にはモザイク浴場があり、ここは1〜2世紀ごろにギリシア人によって造られたもので365年の大地震の前までは、内陸から水路により真水を引き沸かしていたといわれている。

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ガダメス(Ghadames)

ガダメス ガダメスサハラ砂漠のオアシスの町ガダメス旧市街には、日干しレンガの家屋が数多く残っている。旧市街は全長7kmの城壁で囲まれ、家屋の多くは2階建て、もしくはそれ以上のもので石灰が塗られた簡素な外壁に対し、室内は象嵌、石膏の浮き彫り、アラベスクなどの装飾で満たされ、北アフリカの伝統的なマグレブ美術の影響が見られる。どの家屋も2階テラスの通路は女性用で、階下のアーケード状の通路は男性用であった。これは他国では珍しく、男女の生活空間が見事なまでに区切られていた。町は紀元前8世紀頃から交易で栄えていたが、オアシスの水が涸れ、1983年に新市街ができると住民たちは新市街に移住した。現在は避暑地として使用されているが、家屋の傷みは激しく、早急な修復作業が望まれる。(1986年世界遺産に登録)

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キュレーネ(Cyrene)

キュレーネ紀元前630年頃、飢饉に苦しみデルフィでアポロンの神託を受けた人々が、泉の湧く理想のこの地に町を築いたのがキュレーネの始まり。町は地中海貿易によって繁栄し、紀元前5〜4世紀の最盛期には、アテネ、シラクサに次ぐギリシア第3のアクロポリスが造られ、神域にアポロンに捧げた神殿が建築された。現在この神殿はキュレーネ最古の遺構とされている。町の北西部からはアテネのパルテノン神殿に匹敵する規模の遺構も発見されている。ローマ帝国時代には自治権をもち、隆盛を誇った町も7世紀半ばのアラブ・イスラム軍の侵攻で壊滅してしまう。(1982年世界遺産に登録)


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タドラート・アカクスの岩絵(Rock-Art Sites of Tadrart Acacus)

アカクス アカクスタドラート・アカクス山脈からは、先史時代の土器の破片や石器とともに岩壁に描かれた紀元前1万2000〜前8000年は、アフリカ先史美術の区分では「野生生物の時代」と呼ばれ、前4000年までは「狩猟民の時代」でこの時代は色彩画も登場した。その後、「牧畜民の時代」、「ウシの時代」を経て、「ラクダの時代」は現在まで続いている。一連の岩絵から、砂漠と岩山の続く乾燥地帯であるこの地が、かつては水と緑に恵まれた湿潤地帯だったことを物語っている。

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ウバリ砂漠(Ubari Dunes)

ウバリ砂漠ウバリ砂漠リビアのサハラ砂漠の中でもとくに美しいといわれる「ウバリ砂漠」。 サハラ砂漠の玄関口のセブハから西へアウィナート方面に向かう道すがらに見える。 砂はナミビアのナミブ砂漠にも勝るとも劣らないほどきめ細かく美しく、緑に縁取られた湖(オアシス)との 2ショットは絵画的でかつ幻想的である

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■リビアの基本情報

■リビアの気候は?

ベストシーズンは10月〜4月。沿岸部は地中海性気候で夏は高温乾燥で、40度以上になるが湿度が低く過ごしやすい。冬は温暖で雨もある。春から夏にかけてギブリと呼ばれる乾燥した熱砂が吹き、気温は15〜20℃も上昇します。内陸部は年中高温乾燥の砂漠気候でほとんど雨が降らない。日中の気温は、50度に達することもあるが、逆に冬は氷点下まで下がります。内陸部では一日の気温の差が大きくなり、朝晩は涼しくなります。日差しが強いので帽子やサングラスは必須です。

■リビアの習慣・マナーなど注意することは?

厳格なイスラム教国で、外国人といえども飲酒は一切禁止されています。観光客向けにノンアルコールのビールやワインもあります。 服装は、肌をあまり出さない長めのスカートや長ズボン、袖のある服装が好ましいです。特にミニスカート、ノースリーブ、短パンなど、男女を問わず肌を露出したのもは避けてください。

■リビアの通貨は?

通貨はリビア・ディナール。日本からは米ドルの現金を持って行き、現地通貨に両替をして使用します。

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大リビア・アラブ社会主義人民
ジャマーヒリーヤ国
the Great Socialist People's Libyan Arab Jamahiriya

リビア国旗
政体:ジャマーヒリーヤ(大衆による共同体制の意)体制
言語:アラビア語
住民:アラブ人
宗教:イスラム教(スンニ派) 面積:176万平方キロメートル(日本の約4.6倍)
人口:574万人 通貨:ペソ(Peso)

■リビア国情報

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